志民連いちのみやの道程

decade 1  ​ 1992(平成4)年~2001(平成13)年​

どすこいライブ、にぎわい広場、杜の宮市の始まりまで。

 

1992年
5月27日
一宮市まちづくり連続講座(後に「市座いちざ」と命名)に、志民連いちのみやの現理事長 星野博と現監事 関戸徹が参加。市の講座担当者は志民連いちのみやの現理事 宇佐美光彦(3人ともに一宮高校同級生)。初回講師は竹内健人。  
1992年
7月
市民活動団体「一歩の会」に星野博参加、一宮七夕まつりの市民自主事業「駅前シアター」(ステージ)等の運営に関わる。  
1996年 一宮に関するコミュニティネットワーク「ブレティンいちのみや」をパソコン通信ニフティサーブで設定。1997年5月「一宮 & 西尾張の連絡ボード ブレティン一宮」へ移行、100人弱の会員に。

1997年
12月6日

尾州屈指の繊維会社三星染整グループ内の一ディヴィジョンとして、地ビール醸造所「尾張ブルワリー」開業。岩田和夫氏(当時グループ総帥)が陣頭指揮。村雲忠信氏が担当マネージャー、山田文隆が醸造責任者(現 一宮ブルワリー 醸造責任者)。

1998年
7月26日

「土俵 de ライブ in 一宮(どすこいライブ)」を開催。半年の折衝と準備を経て、真清田神社北、大宮公園内の土俵を野外無料ライブ会場に。主催はどすこいライブの会(星野博主催)。志民連いちのみやの「まつりづくり」と公共路地利活用の原点。

1999年
7月22日

一宮七夕まつり「にぎわい広場」を開催。第44回七夕まつりの開催前日から全期間、新柳公園(現 一宮市本庁舎)にて。前年の「尾張ブルワリー」開業と、「どすこいライブ」の公共路地活用を合わせて、一宮市伝馬通3丁目商店街振興組合が主催。尾張ブルワリー(三星ケミカル社)が会場運営から飲食物まで担当し、ステージ運営のみ星野博が担当。

2000年
11月3日

名鉄百貨店一宮店再オープンに合わせて、「ブレティン一宮」を「一宮ML」(メーリングリスト)に移行。

2000年
12月10日

のこぎり屋根工場の建物見学会「見上げてごらん、のこぎり屋根を」開催。現ホリディスポーツクラブの長谷川毛織にて。旧従業員の方々も多数来場。主催は、まち遊び総研 代表小間使 星野博 

2001年
3月8日

「三八屋」オープン。まちづくりの拠点として。現com-cafe三八屋の厨房部分の4坪に、トイレ、キッチン、マック、本棚、オルガン、長谷川毛織の大テーブルを設置。地元の大工・金属作家による加工。数か月で日替わり店主の店に。

2001年
3月30日

「お宮前ワーク」、宮前三八市広場に繋がるまちづくりのワークショップ。延藤安弘を師匠に、坪井俊和を導師に開始。

2001年
6月3日

「杜の宮市」第1回、真清田神社境内にて開催。同神社飯田宮司のまちへの想いに、まち遊び総研など市民活動の想いが重なった手作りアートクラフトやフード、文化とコミュニケーションの市民まつり。

2001年
6月30日

一宮市本町通商店街の新アーケード「ブランドーム」、2年の工期を経て完成。

2001年
7月19日

一宮七夕まつり「にぎわい広場」を市民運営へ移行。第46回七夕まつりの開催前日から全期間、新柳公園(現 一宮市本庁舎)にて。予算を3分の1とし、ボランティア運営と安全安心飲食ブース出店により継続モデルへ。ラブたな活動への礎石。

2001年
11月23日

まちなかアートイベント「今・店舗・ラリー」を3日間、開催。中心市街地の空き店舗などをギャラリーやイベントスペースとしてコンテンポラリーなアート空間に。

2001年
12月9日

一宮七夕まつりの市民化活動「ラブたな」(七夕まつりを愛する志民の会)立ち上げ、初会合を真清田神社開運殿にて。市民自身が市民自身でいいと思う七夕まつりを手作りしていくために。

 

decade 2  ​ 2002(平成14)年~2011(平成23)年​

ラブたなの展開、com-cafe三八屋・一宮ブルワリー開業

     
     
     

2002年
1月27日

まちづくりワークショップ「まちなか・よおしたい・どおしたい」一宮スポーツ文化センターにて開催。延藤安弘・鵜飼宏成(現 名市大大学院教授)ほか参加。
     

2003年
5月8日

延藤安弘を代表理事として「特定非営利活動法人 まちの縁側育くみ隊」設立。星野博は理事に(2007年まで)  
     
     
     
     
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